良寛「丁度よい」
お前はお前でちょうどよい。
顔も体も名前も姓も、お前は
それは丁度よい。
貧も富も親も子も息子の
嫁もその孫も、それはお前に丁度
よい。幸も不幸も喜びも、
悲しみさえも丁度よい。
歩いたお前の人生は悪くも
なければ良くもない、
お前にとって丁度よい。
地獄へいこうと極楽へいこうと
いったところが丁度よい。
うぬぼれる要もなく卑下する
要もなく上もなければ下もない
死ぬ日月さえも丁度よい。
お前はそれは丁度よい。
丁度よい (via yellowblog)
現代人こそ良寛に学ぶべし、ですかね…
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(via s-hsmt)Joy Division - She’s Lost Control (by strettonbull)
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(Source: fer1972)
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しかし、ザ・スミスの素晴らしさがそうした楽曲の量産や、あるいは出来すぎともいえるドラマチックなバンド・ヒストリーにあったのかといえば、そんなことはない。というか、ポップ・グループの偉大さが、語り継がれるサーガや生み出した名作・名曲に寄るものなのかといえば、そんなことはないのだ。ましてや、優れたプレイヤビリティや、類稀な作曲能力や、あるいは、チャート上の記録といったもので語られるものでもない。はっきりいってしまえば、そんなことは大したことではないのだ。ポップ・グループが偉大である、というとき、それは、いかにそのバンドがそのバンドの物語としてではなく、聴き手の物語として語られるかにある。その曲がどういう成り立ちをもっていたかということよりも、どう聴かれていったかということ。その意味において、ザ・スミスはあまりにも罪深く、偉大であったのだ。
それでは、ザ・スミスによって聴き手が語りだしたものとは何であったのかといえば、それは、思春期に起きるすべて、だった。だからそれは、押さえつけることのできない性のことであり、薄暗いリヴィングルームのことであり、ビンタする教師のことであり、先輩に呼び出された校舎の裏のことであり、冷たい視線をくれる近所の大人たちのことであり、下っ端で働くバイト先のことであり、生まれたときからなぜかしらうやうやしく奉られているひとたちのニュースのことであり、くだらない音楽で楽しそうに踊っている同じ年くらいの男女のことであり、そこに行ってはみたものの結局誰とも口を利けないまま帰ってきた朝のことであって、そして、もはや忘れることはできないのだろうと確信できる過去と、夢みることはできないのだろうと確信できる未来のことだった。だからそれは、嫌悪、ということだった。ザ・スミスは、その時期に生きるほとんどすべての少年少女たちの胸をいっぱいにしていた何かに、そんな名前を付けたのである。そしていうまでもないだろう、そんな聴き手による物語、つまりは怒りや憂鬱や苦しさと、だからこそそこに立ち上がってくる倫理のようなもののことを、わたしたちがロックンロールと呼んでいることを。 (rockin’on 2006年10月号)
(Source: nevver)
(Source: futurastic)
(Source: horz)
Whoever You Are.
Maybe you’re in love right now. Maybe you’re crushing on someone at this very moment. Or maybe you’re still looking for that person who will take your breath away; whoever they may be. But I don’t think anyone could ever of expected or can truly know who they end up entrusting their hearts too.
Sometimes life allows you to meet a stranger that you never expected by complete chance or fate, that you end up holding hands with and kissing as you fall in love. Sometimes a person you’ve only thought as just a friend becomes that person you end up falling for, never realizing what you were searching for was always in front of your eyes. And you realize, this person could be that stranger in the bar to your best friend to your lab partner that you meet at school.
I don’t know who they are for you. I don’t know if you have already met them or still waiting to run in to them still. But somewhere out there, there is someone just searching for you as you search for someone. Whoever they may be.
(Source: themadeshop)
(Source: ffffffound)
(Source: flatti-chan)
